虚構の男がゴミ捨て場に不時着する。

極力毎日掌編。そうさユアグローもどき。或いは『絵のない絵本』の月。

沈黙する砂

 女は海辺の家に住んでいる。

 女は夜、眠りにつくときにはいつも砂の音を聞く。波や風に揺られて砂が鳴る音。女は「砂が泣いている」と感じる。女には心苦しい夜が続く。

 ある日、女が砂の上に眠っていると、そこで砂の声を聞く。太陽の光を反射してきらきら眩しい白い砂の「カレーが食べたい」という声が聞こえる。女は家に戻りすぐにカレーをつくる。そして出来上がったルーを鍋から声がした砂の辺りにぶちまける。砂は小一時間かけてカレールーを飲み込んでいく。その様子を女はずっと見ている。綺麗だな、と思う。日が暮れる頃、砂が寝息を立てるのを確認して、女は海辺の家へ戻っていく。

 別の日、女が同じように砂の上に眠っていると、また砂の声を聞く。曇天の下で鈍く光る砂が「ディズニーランドに行きたい」と言うのを聞く。女は家に戻り小さな袋を持って、声がした辺りの砂をぶち込んでいく。女は砂が入った袋を持ったまま、海辺の家へは戻らずに、ディズニーランドがある方へ歩き始める。

 女は歩きながら時折袋を耳に当てて砂の声を聞く。「もっと、もっと、ディズニーランドの方へ……」と砂は言う。女は声を聞きながら歩くけれど、そのうち歩き疲れて地べたに眠ってしまう。そのまま女と砂に夜が来る。

 女は夢のなかで砂が泣いている姿を見る。

 女が目覚めたときにはもう砂の声が聞こえない。袋を耳に近づけても何も聞こえない。女はそこで波や風の意味を唐突に知る。袋の砂をその場に捨てて海辺の家に帰る。その足取りは極めて軽い。

-No.44-