虚構の男がゴミ捨て場に不時着する。

極力毎日掌編。そうさユアグローもどき。或いは『絵のない絵本』の月。

2013-08-01から1ヶ月間の記事一覧

トースト

女はトーストの耳を食む、愛した男のそれを食むときのように。 カーテンの隙間から春の朝の陽光が女を射す。長い瞬きを一回。そして女は見た夢のことを思い出す。噛み千切った耳から出た真っ赤な血で信号機の赤を塗ろうとするが、右が赤だったか、左が赤だっ…

バーゲンセールが始まり、割引された羽に鳥たちが群がる。ある鳥は真っ白で巨大な根を、またある鳥は色鮮やかに荘厳な羽を、各々が自信の体躯に合う羽を求めてバサバサと商品の周りを飛び回る。 その中にあって一羽のカラスは悲しそうな目をしている。そうし…

脅迫

雨が止み晴れ間が広がり男は新聞社を脅迫する。電話で「爆弾を仕掛けた」と言う。加えて要求を述べ立てる。「従ってくれれば悪いようにはしない」。 新聞社は男の要求を呑む決断をする。新聞記者たちはカメラを持ち雨上がりの町を奔走する。 翌日の新聞の一…

洗濯

洗濯機に洗うべき衣類を放り込み、洗剤を入れた後、その中に麻酔薬を一滴垂らす。男の子は真剣な顔で魔法の言葉めいたものを呟く。洗い終えた衣類の彩度は以前よりも落ちる。それを着た男の子は少しだけ目立たなくなり、同時に心の痛みを感じにくくなる。 洗…

奥歯

食事をしていると、以前からぐらついていた奥歯が何の抵抗もなく抜ける。 一緒に食事をしていた母が「抜けた歯は好きな人に投げつけるとよい」というので、私は真っ先に母に向かって抜けた歯を投げつけると、母は驚きながらも笑う。 歯が抜けた後も気にせず…

横断歩道を渡らない男の言説

男は自分が盲目であるとは断じて思ってはいない。男は「あれが青」「あれが赤」で目が見え色がわかり、また「青は進め」「赤は止まれ」で信号の機能を理解しているから自分が横断歩道を渡ることができるのだと思っていた。 男はある日、「あれが青であれが赤…

言葉

小学四年の一学期にぼくは「言葉係」に任命される。 朝、学校に来てすぐに、言葉に水をやる。どれだけ水をたっぷりやっても、一時間目が終わった頃には言葉はすっかり枯れている。だからまた水をやりに行く。それでも次の授業が終わった頃にはまたすっかり枯…

目隠し

『待ち合わせは目隠しで』と女がメールで指示を寄越したので、男は素直に従う。駅の改札口のそばの柱に寄りかかり、黒い布を帯状にして顔に巻く。自身の視界を完全に塞ぐ。 男は音を聴く。空調が起こす風の音。人の足音、話す声。その雑音の中に女の音を探す…

鏡から血が出る。私が手を洗いながらぼんやりと鏡を見つめているときのことだ。 ポケットからハンカチを取り出して、慌ててその血を拭う。出血したところに1cmほどの切れ目があるのがわかる。けれど拭ったそばからすぐに血が溢れ、傷口は見えなくなる。 何…

ラブソング

自分の言葉を持たない男はラブソングの歌詞を繋ぎ合わせてラブレターを編む。 そのラブレターが女に届く。 美しい声を持つ女の朗読によって、ラブレターはメロディを得る。 そのメロディが男に届くことはない、決して。 -No.12-

ドラえもん

「ドラえも~ん!何か出してよ~!」 そうやっていつものように僕はドラえもんに懇願するけれど、ドラえもんはいつものように、仕方がないなぁ、のび太くんは~、とは言わない。ただ黙って自分のお腹に張り付けられた四次元ポケットの中をガサゴソと弄ってみ…

クローゼット

クローゼットの中に隠れて見つけてもらえなかった女の子が息を引き取った頃に、やっとその両親の喧嘩は終わる。二人はそもそも女の子がどこに隠れたかわからなくなったことが喧嘩の発端であったことを忘れている。 話し疲れた二人は無言のままのベッドに向か…

横断歩道の信号が目の前で赤に変わった瞬間、男は急に思い立ってポケットをまさぐり出す。ズボンの左右の・お尻の、ジャケットの左右の・胸の・内の、ワイシャツの胸の……。そうやって全身のポケットを探る男の姿はくねくねとしている。 しかし探し物は見つか…

観覧車

お互いの気持ちを確認するために観覧車に向かう男女がいる。 男はよそよそしい態度で「どうぞ」と女を先にゴンドラに乗せる。スカートの裾を正しながら優雅に腰を下ろす女の姿に見惚れながら、後から乗った男はその正面に慌てて座る。 一息つく間もなく女が…

赤青

薔薇の花弁としては淡く在りすぎたその赤は周囲の赤を見下していたが、実際には一人だけ薔薇の色彩の役割を十分に果たせずにおり、それを知ってか知らずか、当人も漠然とではあるが自分が場違いであることを感じていた。 そんな折、「虹で働かないか」とスカ…

寿命

人の寿命を一目見ただけで一秒も違わず正確にわかるようになった男は、ある日、街を歩いていると、自分とほぼ同日同刻に死ぬ運命にある女を見つける。その場で声を掛け、それを機に交際に発展する。出会って一年後に結婚に至り、また子どもを授かったのだが…

執筆

男が飲み屋のカウンターで原稿用紙に文章を書いている。食べかけの焼き鳥の串を左手に、男が愛用する万年筆を右手に、それぞれを親指から三本の指で神経質そうに握っている。男は真剣な顔で原稿用紙に筆を走らせながら、時折、串を口に運んでは丁寧に食べる…

氷砂糖

氷砂糖が雹のように降る。開いた傘をしきりに叩く。「ばばばばばばばばばばばば」と小太鼓のように鳴る。やがて傘の布地を突き破って氷砂糖は男の頭を刺す。甘くはなく、ただただ痛い。頭から血が出る。 さっきまで降っていた雨は止んだが氷砂糖は止まない。…

子どもたちがカラスの群れに苺を投げつけている。真昼にあっても真暗なその身に苺の赤が映える。7人と7羽。路地裏、日差しの届かないところで、争いは人知れず起きる。 その現場を撮影しながら子どもにインタビューを試みる男がいる。「嫌いなんだ」とある…

時計

我が時計は毎年、赤字額を増す一方で、今後の人員削減は免れないところであった。さしあたって盤面の数字を1から順に12まで解雇していったところだが、それでも赤字の是正には至らず、時計として我々が存続するためにはどうするべきか、といった会議が夜…

蜘蛛

一匹の蜘蛛の腹に細い糸を括って、虹を渡る。犬の散歩のようなスタイルで蜘蛛を従えて、僕はそれに導かれるように歩を進める。虹は足元で光を反射して、落ち着きなく動く蜘蛛の腹を順番に七色で染める。 小一時間かけて、アーチ状の虹の最も高いところに着く…