虚構の男がゴミ捨て場に不時着する。

極力毎日掌編。そうさユアグローもどき。或いは『絵のない絵本』の月。

パフェ

私は庭の青々とした芝生の少し禿げたところに小さな穴があるのに気づく。近づいてじっと見ているとその穴にぞくぞくと蟻が潜っていくではないか。私は思わずその場所に屈んで手に持っていたパフェスプーンで穴をほじくりはじめる。 初めは穴があるところの表…

沈黙する砂

女は海辺の家に住んでいる。 女は夜、眠りにつくときにはいつも砂の音を聞く。波や風に揺られて砂が鳴る音。女は「砂が泣いている」と感じる。女には心苦しい夜が続く。 ある日、女が砂の上に眠っていると、そこで砂の声を聞く。太陽の光を反射してきらきら…

生きない

(一所懸命に生きたことで死んでしまったんだ)彼の死について僕は直感的にそういうふうに思った。それは決して褒め称えるような意味合いではなかった。 (一所懸命に生きてこなかったから僕は今も無事に生きている)つまりは不真面目な自分を肯定するだけの…

卒業

まだマフラーさえ満足に完成させられないのに悲鳴を編むなんて到底無理な話で、私は『さみしい』をあなたにちゃんと手渡せないでいる。気づけばクリスマスは過ぎ、バレンタインデーは終わって、私もあなたも明日には卒業してしまう。 編めないで私は恋文を書…

三分間

その店の場所はもう使われていない地下鉄の駅を確かに示している。 女はその入口から階段を下り(コツコツとヒールの音を響かせながら)、誰もいない改札を通り抜けて(それはとても優雅な足取りで)、薄暗い駅のホームに辿り着く。女は構内に一つだけ灯った…

死物担当

死んだ奴の机の上に白い花を置く。別に面白くはないが、面白い必要はないが、これが死物担当。さようなら、あの世で会おう。と声にはしない、心の声で軽く。別れはリズムよく、執着しないのが肝心。 まさか出番があるとは思わなかった、新学期に僕はクラスに…

飼い犬に夜

飼い犬が昨日夜を食べたせいで、今日は日が暮れない。僕は僕で今日一日くらい夜が無くても構わないのだけれど、街中の人たちが困っているような気がして、仕方がないから「おい、犬、吐き出せ、夜を」と言っても時すでに遅し。どういう仕組かは知らないが、…

言語

恋人同士、女と男。なんかちょっと倦怠期。だから二人で新しく言語を学ぶことにする。あまり名前の知られていないようなとってもマイナーな言語。二人とも知らない言語がいいと思って。知ってたら教える側と教えられる側になっちゃうもんね。 テキストを求め…

名前

男は妻との間に子を授かる。男の実家には親戚が集い、お祝いの宴が開かれる。 そのあと、夜。親戚の皆が寝静まった夜。男は父親に起こされる「赤ん坊を連れてこい」と。生まれていくらも経たない赤ん坊を抱えて、父親についていく。先の宴で親戚一同にたらい…

降水確率0%の日

女が扇風機に薔薇の花束を投げ込む。深紅の花弁が細々に散ると途端に泡と化す。泡が扇風機に煽られて女の身体を包む。女は涙を流して部屋を去る。外に飛び出した女の身体を土砂降りの雨が打つ。雨は薔薇の香りを残して女の身体の泡を綺麗に流す。 部屋に残さ…

エスカレーター

一階から地下一階へ、女は下りのエスカレーターに乗る。地下一階に着き、女はエスカレーターから降りようとするが、女の足は離れない。女はそのまま爪先からエスカレーターと地下一階の隙間に吸い込まれて消える。 しばらくして、女がエスカレーターの一階の…

普通

僕は普通に大学に入って、普通に君に恋をして、普通に君と付き合うことになって、普通に色んな所にデートに行った。僕は普通に君が好きだった。 僕は普通に大学を卒業して、普通に就職して、普通に一人暮らしを始めたけれど、普通に寂しくなって、普通に君を…

カッププラネタリウム

深夜に美しさに飢えた男は地下収納からカッププラネタリウムを取り出して、お湯を沸かす。カップの蓋を開けて小さな袋を取り出し、『夜の素』と『星屑かやく』をそれぞれの中に入れ、沸いたお湯を注いでから、再び蓋をする。そして台所から居間へ、お湯をこ…

本花

女が白衣をなびかせて本棚の間を優雅に歩いていく。カツカツとヒールの音が甲高く、静かな書庫の中に響く。 女は一つの本棚の前で立ち止まる。数千の本を前にして耳を澄まし、「だぁれ?」と呼びかける。そうして女はその本棚のある段の本に触れていく。そこ…

青春

コンビニに弁当を買いに行く途中で、学生時代に好きだった女の子が空から落ちてくる。男はそれを軽く避けて何事もなかったようにコンビニに向かう。 コンビニに入り、一直線にお弁当のコーナーに向かう。ふと耳に入るBGMは学生時代に好きだった女の子の歌…

公衆トイレ

公衆トイレで男が様式の便器に腰掛け、うんこをしている。うーん、うーん。と唸りながら鹿の糞のような細切れなうんこを吐き出す。 ひょえっ。と言い、突如として男が立ち上がる、お尻に冷たい感触を感じて驚いたために。男が便器を除くと、そこに過剰なほど…

辞表

女は男に白い封筒を差し出す。綺麗な字で『辞表』と書いてある。「会社を辞めるのか」と男が問う。男は女の上司である。「いいえ」と女。「あなたの愛人を辞めるわ」。二人の載っているベッドが揺れている。 男は、仕方がない、と思う。男は結婚しており妻子…

宇宙物理学者

神様の不在を証明した宇宙物理学者がその功績を讃えられ表彰される。仲間たちに胴上げをされ、わっしょーい、で物理学者の身体は宙を舞う。宇宙物理学者はそのまま重力を忘れてふわふわと浮かび上がる。 空を越えて雲を抜ける。そのずーっと先に宇宙はなく、…

たこ焼き

男と女がダイニングテーブルに向かい合っている。「これが何だかわかるかい」と男が言う。「たこ焼き」と女が答える。女はたこ焼きが食べたくて仕方がない。男はニヒルに笑う。 これはね、と男が言う。「これはね、ものすごいものなんだ」。女は上の空で目は…

愛煙家

男は夜空の下の何もないところにいる。あたりには灯りの一つも見えず、ただ川の流れる音だけが聞こえる。 ジャケットの内ポケットから何かを取り出したかと思うと、男はその場にやや斜めに立ったまま真横にだらしなく腕を伸ばす。その手首は緩やかに垂れてい…

男が駅前のコインロッカーから人の頭を取り出す。それは男の顔によく似ているが頭だけしかない。男は素早くその頭を黒い鞄に仕舞う。鞄に入れるときに一瞬、男とその頭の目が合う。男が小声で「どうだった?」と問うと、頭は「此処も完璧な居場所足り得ない…

水鉄砲

「君も嫌いになるだろう」と男は言いながら、水鉄砲を構える。 男の前方数メートル先に、女は口を大きく開けて立っている。「きあいになあうわけがあい」と、女は口を開けたまま曖昧な発音でハッキリと言う。 男はピーンと右腕を伸ばして、女の大きく開けた…

音符2

女の子は校舎の脇に形のいい音符をひとつ見つけて家に持ち帰る。それに穴を開けてチェーンを通しネックレスを作る。 翌日、女の子はそのネックレスをつけて学校に行く。チェーンだけが露わになって、音符のところは制服の下に隠れているため傍からは見えない…

音符

自分の音楽を否定された男は、深夜の学校に忍び込み自分の持つ音符の全てをプールに投げ捨てる。空だったプールはみるみるうちにいっぱいになる。そしてそのプールに男は勢いよく飛び込む。 男は音符の中で自分の音楽を聴く。それは混じり合って騒音を成して…

トースト

女はトーストの耳を食む、愛した男のそれを食むときのように。 カーテンの隙間から春の朝の陽光が女を射す。長い瞬きを一回。そして女は見た夢のことを思い出す。噛み千切った耳から出た真っ赤な血で信号機の赤を塗ろうとするが、右が赤だったか、左が赤だっ…

バーゲンセールが始まり、割引された羽に鳥たちが群がる。ある鳥は真っ白で巨大な根を、またある鳥は色鮮やかに荘厳な羽を、各々が自信の体躯に合う羽を求めてバサバサと商品の周りを飛び回る。 その中にあって一羽のカラスは悲しそうな目をしている。そうし…

脅迫

雨が止み晴れ間が広がり男は新聞社を脅迫する。電話で「爆弾を仕掛けた」と言う。加えて要求を述べ立てる。「従ってくれれば悪いようにはしない」。 新聞社は男の要求を呑む決断をする。新聞記者たちはカメラを持ち雨上がりの町を奔走する。 翌日の新聞の一…

洗濯

洗濯機に洗うべき衣類を放り込み、洗剤を入れた後、その中に麻酔薬を一滴垂らす。男の子は真剣な顔で魔法の言葉めいたものを呟く。洗い終えた衣類の彩度は以前よりも落ちる。それを着た男の子は少しだけ目立たなくなり、同時に心の痛みを感じにくくなる。 洗…

奥歯

食事をしていると、以前からぐらついていた奥歯が何の抵抗もなく抜ける。 一緒に食事をしていた母が「抜けた歯は好きな人に投げつけるとよい」というので、私は真っ先に母に向かって抜けた歯を投げつけると、母は驚きながらも笑う。 歯が抜けた後も気にせず…

横断歩道を渡らない男の言説

男は自分が盲目であるとは断じて思ってはいない。男は「あれが青」「あれが赤」で目が見え色がわかり、また「青は進め」「赤は止まれ」で信号の機能を理解しているから自分が横断歩道を渡ることができるのだと思っていた。 男はある日、「あれが青であれが赤…