名前
男は妻との間に子を授かる。男の実家には親戚が集い、お祝いの宴が開かれる。
そのあと、夜。親戚の皆が寝静まった夜。男は父親に起こされる「赤ん坊を連れてこい」と。生まれていくらも経たない赤ん坊を抱えて、父親についていく。先の宴で親戚一同にたらい回しにされたせいもあってか、赤ん坊は疲れてすーすーと寝息を立てている。男には可愛くて仕方のない寝顔が廊下の明かりに照られされてうっすらと。
仏間にある金庫の前に。子どもの頃からその存在を知っていながら何が入っているのかは知らされてはいなかった金庫。決してどのような手段でも開かなかった金庫。父親がその金庫をあっさりと開けて言うに「この中から選べ」と。金庫の中には名前が並ぶ。無数とは言えなくとも選択するには充分なくらいの数の名前。「この中から選ぶことになっている」と。男が選んだ名前を赤ん坊が得る。
数年後、男の父親が死ぬ。男にだけ宛てられた遺書が残される。男以外誰も読んではいけないことになっている遺書。男はその遺書によって、先祖から受け継がれている秘密の名前をもらう。それは初めて知る父親の秘密の名前でもある。
そうして、男は遺書に指示されるままに、あの金庫に向かう。秘密の名前を使って金庫をあっさりと開ける。慣れ親しんだ父親の名前をそこにしまって、さようなら。またいつか父親の名前が使われる未来を、おそらくは自分のいないような遠い未来のことを、ちょっと思い描いて金庫を閉じる。がちゃり。
-No.37-