虚構の男がゴミ捨て場に不時着する。

極力毎日掌編。そうさユアグローもどき。或いは『絵のない絵本』の月。

エスカレーター

 一階から地下一階へ、女は下りのエスカレーターに乗る。地下一階に着き、女はエスカレーターから降りようとするが、女の足は離れない。女はそのまま爪先からエスカレーターと地下一階の隙間に吸い込まれて消える。

 しばらくして、女がエスカレーターの一階の方から出てくる。女は何が起きたのかわからず驚いた顔をしている。女が戸惑っているうちに再び地下一階に着き、当然、女はエスカレーターから降りようとするが、女の足はやはり離れない。先程と同じように、女は爪先からエスカレーターと地下一階の隙間に吸い込まれて消える。

 そうして女は一階から地下一階へ、エスカレーターを延々と下り続ける。

 

 地下一階から一階へ、男は上りのエスカレーターに乗る。一階に着き、男はエスカレーターから降りようとするが、男の足は離れない。男はそのまま爪先からエスカレーターと一階の隙間に吸い込まれて消える。

 しばらくして、男がエスカレーターの地下一階の方から出てくる。男は何が起きたのかわからず驚いた顔をしている。男が戸惑っているうちに再び一階に着き、当然、男はエスカレーターから降りようとするが、男の足はやはり離れない。先程と同じように、男は爪先からエスカレーターと一階の隙間に吸い込まれて消える。

 そうして男は地下一階から一階へ、エスカレーターを延々と上り続ける。

 

 女も男もその繰り返しから抜け出すことができずに疲労困憊する。初めのうちは何とかその状況から抜け出そうと試みていたが、やがてエスカレーターから逃れられない運命を悟り、それを受け入れ始めるのだった。

その段階になって二人は初めて周囲の景色にゆっくりと目をやる。その時にエスカレーター上で何度もすれ違う異性がいることに、お互い気づく。

二人はエスカレーターのちょうど真ん中ですれ違い、お互いに視線を交わらせる。

そうして、一一一回目のすれ違いざま、目があったその瞬間に、二人は勢いよくエスカレーターから身を乗り出し、互いに激しく口づけを交わす。

 魔法はとけて、二人の足はエスカレーターから離れる。

別の魔法にかけられて、二人の身体は宙に浮きそうなほどに軽くなる。

 -No.35-