虚構の男がゴミ捨て場に不時着する。

極力毎日掌編。そうさユアグローもどき。或いは『絵のない絵本』の月。

執筆

 男が飲み屋のカウンターで原稿用紙に文章を書いている。食べかけの焼き鳥の串を左手に、男が愛用する万年筆を右手に、それぞれを親指から三本の指で神経質そうに握っている。男は真剣な顔で原稿用紙に筆を走らせながら、時折、串を口に運んでは丁寧に食べる。食べる動作の間も男の目は原稿用紙を捉えて離さない。

 女性の店主がカウンター越しに「お酒はいかがですか?」と問うが、男は黙って首を横に振る。男は原稿用紙に字を埋めることに頭が忙しい。そこには男が考えた女への口説き文句が並ぶ。

書けば書くほどに男の手は震え、またその手で書かれた文字も乱雑になっていく。原稿用紙一枚を書き終える頃には、ただ縮れた線が引かれるばかりで、それはもう誰にも読み取ることができない。

最後のマス目を埋めて、男は焼き鳥の串と万年筆を置く。顔を上げて女性の店主を見、日本酒を注文するが、男の口はうまく回らず「日本酒」が言えてはいなかった。

書けば書くほど酔う男は、既にべろんべろんに酔っぱらっている。

男がまた何かを言うが、それも聴き取れる言葉にはなっていない。当然、女性の店主は、それが男の考えた口説き文句であることに気づかない。

-No.5-