虚構の男がゴミ捨て場に不時着する。

極力毎日掌編。そうさユアグローもどき。或いは『絵のない絵本』の月。

たこ焼き

 男と女がダイニングテーブルに向かい合っている。「これが何だかわかるかい」と男が言う。「たこ焼き」と女が答える。女はたこ焼きが食べたくて仕方がない。男はニヒルに笑う。

 これはね、と男が言う。「これはね、ものすごいものなんだ」。女は上の空で目はテーブルの上のパックに入った六個入りのたこ焼きを見つめている。女の口内に唾が溜まる。女がたこ焼きに手を伸ばした瞬間に、男はその行為を遮るように、たこ焼きの一つを素手で取って思い切り投げる。

 女が「ひぇっ」。たこ焼きは女の顔の横を掠めて、かつおぶし・青のり・ソースをパラパラと散らしながら、女の後ろの白い壁にぶつかって、べたりと付着する。

 女は眉を顰める。「もったいない」と呟きながら、肩に乗ったかつおぶし・青のりを軽く払う、ソースの汚れを伸ばさないように。「どうしてくれるの」と女は呆れる。「一体、それの何がすごいのよ」と言うと女のお腹がぐうと鳴る。

 ほら、と男が顎で示す。「見てごらん」と。

 女は振り返り壁とそこにへばりついたたこ焼きを見ると、たこ焼きの表面に一筋に切れ目、そしてそのなかにゴソゴソとうごめく何かがある。

 蝶だ。と女は気づく。刹那、たこ焼きから蝶が羽ばたく。それはたこ焼きのような色彩感を持っている。羽に付いたかつおぶし・青のり・ソースをパラパラと撒き散らしながら室内を飛び回る。

 おいしそう。と女は思うが決して口にはしない。つまり食べない声にしない。

-No.27-