虚構の男がゴミ捨て場に不時着する。

極力毎日掌編。そうさユアグローもどき。或いは『絵のない絵本』の月。

辞表

女は男に白い封筒を差し出す。綺麗な字で『辞表』と書いてある。「会社を辞めるのか」と男が問う。男は女の上司である。「いいえ」と女。「あなたの愛人を辞めるわ」。二人の載っているベッドが揺れている。

 男は、仕方がない、と思う。男は結婚しており妻子がいるのだからそれもそうだ。男はまた、どうしていいのかわからない、とも思う。男と女の不倫の期間は三年間を越えていて、その関係性を解消することへの寂しさが当然ある。しかし、男の表情に一切の変化はない。ただ何か考え事をしているように見えるくらいだ。

 ぼんやりとする男に「開けて」と女が声を掛ける。男は、ああ、と封筒を開けて中身を取り出ヴォヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴォ!!!!男が驚く。女は笑う。「なんだ、これは」と言うときには既に男は冷静さを取り戻している。「そういう、いたずらよ、どっきりよ。あなたの驚くところが見たかったの」「そうか。じゃあ愛人を辞めると言うのもジョークか」「いいえ、それは本当」「そうか」「そうよ」女は男の驚いた表情が見ることができたので満足している。

 翌日、女は職場にて男に本当の辞表を突き付ける。男は眉一つ動かすことなくそれを受け取る。そのときの男の心境については誰も知らない。

-No.29-