虚構の男がゴミ捨て場に不時着する。

極力毎日掌編。そうさユアグローもどき。或いは『絵のない絵本』の月。

本花

 女が白衣をなびかせて本棚の間を優雅に歩いていく。カツカツとヒールの音が甲高く、静かな書庫の中に響く。

 女は一つの本棚の前で立ち止まる。数千の本を前にして耳を澄まし、「だぁれ?」と呼びかける。そうして女はその本棚のある段の本に触れていく。そこに書かれたタイトルを撫でるように、次から次へと。

 ある本で女の手が止まる。「あなた?」とその本をやさしい手付きで取り出す。「どこが痛いの?」と訊いて表紙に耳を当てる。

女は本の声を聞、告げられた頁を開く。そこから枯れた花びらがひとひら落ちる。それを認めた女は鞄の中から注射器を取り出す。「ちょっとだけ痛いけれど我慢して」と女は本に注射を施す。女は本の悲鳴を聞く。

女の「これで大丈夫だから」という声を聞きながら、本は気を失う。

翌日、その本が白いテーブルの上で目を覚ましたときには、昨日まで抱えていた一切の痛みが消えている。女が本に近づくと、本は「ありがとうございます」と感謝を述べ、昨日の頁を開くように女に促す。

女が本を手に取りその頁をばっと開くと、そこから無数の花びらが溢れ出して女の周りを舞う。美しく彩られた女の頬が緩む。

 -No.32-