ドラえもん
「ドラえも~ん!何か出してよ~!」
そうやっていつものように僕はドラえもんに懇願するけれど、ドラえもんはいつものように、仕方がないなぁ、のび太くんは~、とは言わない。ただ黙って自分のお腹に張り付けられた四次元ポケットの中をガサゴソと弄ってみせた。
ドラえもんは何かを必死に考えているようだった。とても苦しい決断を迫られている、そんな表情だった。
テッテケテッテテー♪
いつもの陽気なBGMを伴って、ドラえもんがその丸い右腕を高くかざす。
そして、こう言った。
「げんじつ~!」
後光を放つ白く丸いその手には何も握られてはいなかった。
「どういうことだよ。ドラえも~ん」
僕はドラえもんに迫る。
「のび太くん。君ももうそろそろ気づいた方がいいよ」
ドラえもんの声は重く、その一言一言はべっとりと耳にへばりつくようだった。
「どこでもドアも、タケコプターも、通り抜けフープも、そんな都合のいい道具はどこにもないんだよ……」
「そんなぁ! またまたぁ。ドラえもんったら冗談がきついぞー!」
僕はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべてドラえもんを突っつく。そうやって差し出された『げんじつ』とやらを拒む。
けれどドラえもんは俯いたままで、しばらくは何も言わなかった。やして、ゆっくりと顔をあげて僕の方を見たかと思うと、無表情で冷たく僕を見つめるのだった。
その眼差しに、僕はとても嫌なものを感じた。僕の胸はざわつき、その奥の方から恐怖と呼んでもいいような感情がやってくる。耐えきれずに僕は叫んでしまう。
「そんなこと言うなよ、ドラえもん! いつもみたいに何か出してくれよ! ねぇ、そのポケットの中に何かいい道具があるんだろ! ドラえもんったら!」
僕はドラえもんに縋るように、否、もはや飛びかかるようにして、ドラえもんの腹の四次元ポケットをガッと開く。
そこには異次元の広大な空間が広がっていた、なんてことはなくて、それはただのありふれたポケットでしかなく、中には何もなかった。ポケットが縫われたその継ぎ目だけがハッキリと見えた。
「どういうことだよ……」
僕は力を失って足元から崩れ落ちた。
ドラえもんがポツリポツリと語り出す。
*
これが『げんじつ』なんだよ、のび太くん。
ないものに縋っちゃ駄目だ。
君の『げんじつ』は確かにままならないかもしれない。
けれど、そのままならない『げんじつ』でなんとかしていかなくちゃ駄目なんだ。
それが生きるってことなんだよ。
*
「さようなら」
*
僕はそこで目を覚ます。誰かのお別れの言葉だけを覚えている。
とても長い夢を見ていたような、そんな気がする。気がするだけだ。
「起きなさ~い!」と声がする。
「は~い!」と言って僕はふとんから出る。
ふと自分の右の手を見つめるが、当然、そこには何も握られてはいなかった。
-No.11-