虚構の男がゴミ捨て場に不時着する。

極力毎日掌編。そうさユアグローもどき。或いは『絵のない絵本』の月。

2013-01-01から1年間の記事一覧

クローゼット

クローゼットの中に隠れて見つけてもらえなかった女の子が息を引き取った頃に、やっとその両親の喧嘩は終わる。二人はそもそも女の子がどこに隠れたかわからなくなったことが喧嘩の発端であったことを忘れている。 話し疲れた二人は無言のままのベッドに向か…

横断歩道の信号が目の前で赤に変わった瞬間、男は急に思い立ってポケットをまさぐり出す。ズボンの左右の・お尻の、ジャケットの左右の・胸の・内の、ワイシャツの胸の……。そうやって全身のポケットを探る男の姿はくねくねとしている。 しかし探し物は見つか…

観覧車

お互いの気持ちを確認するために観覧車に向かう男女がいる。 男はよそよそしい態度で「どうぞ」と女を先にゴンドラに乗せる。スカートの裾を正しながら優雅に腰を下ろす女の姿に見惚れながら、後から乗った男はその正面に慌てて座る。 一息つく間もなく女が…

赤青

薔薇の花弁としては淡く在りすぎたその赤は周囲の赤を見下していたが、実際には一人だけ薔薇の色彩の役割を十分に果たせずにおり、それを知ってか知らずか、当人も漠然とではあるが自分が場違いであることを感じていた。 そんな折、「虹で働かないか」とスカ…

寿命

人の寿命を一目見ただけで一秒も違わず正確にわかるようになった男は、ある日、街を歩いていると、自分とほぼ同日同刻に死ぬ運命にある女を見つける。その場で声を掛け、それを機に交際に発展する。出会って一年後に結婚に至り、また子どもを授かったのだが…

執筆

男が飲み屋のカウンターで原稿用紙に文章を書いている。食べかけの焼き鳥の串を左手に、男が愛用する万年筆を右手に、それぞれを親指から三本の指で神経質そうに握っている。男は真剣な顔で原稿用紙に筆を走らせながら、時折、串を口に運んでは丁寧に食べる…

氷砂糖

氷砂糖が雹のように降る。開いた傘をしきりに叩く。「ばばばばばばばばばばばば」と小太鼓のように鳴る。やがて傘の布地を突き破って氷砂糖は男の頭を刺す。甘くはなく、ただただ痛い。頭から血が出る。 さっきまで降っていた雨は止んだが氷砂糖は止まない。…

子どもたちがカラスの群れに苺を投げつけている。真昼にあっても真暗なその身に苺の赤が映える。7人と7羽。路地裏、日差しの届かないところで、争いは人知れず起きる。 その現場を撮影しながら子どもにインタビューを試みる男がいる。「嫌いなんだ」とある…

時計

我が時計は毎年、赤字額を増す一方で、今後の人員削減は免れないところであった。さしあたって盤面の数字を1から順に12まで解雇していったところだが、それでも赤字の是正には至らず、時計として我々が存続するためにはどうするべきか、といった会議が夜…

蜘蛛

一匹の蜘蛛の腹に細い糸を括って、虹を渡る。犬の散歩のようなスタイルで蜘蛛を従えて、僕はそれに導かれるように歩を進める。虹は足元で光を反射して、落ち着きなく動く蜘蛛の腹を順番に七色で染める。 小一時間かけて、アーチ状の虹の最も高いところに着く…